「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」 [地元ネタ]
昨日の続きです。
そう言えば、昔の映画で「ポンペイ最後の日」 というのが有りましたね(私は観ていませんが)
会場の構成は
プロローグ
Ⅰ ポンペイ人の肖像
Ⅱ 信 仰
Ⅲ 娯 楽
Ⅳ 装身具
Ⅴ 家々を飾る壁画
Ⅵ 祭壇の神々
Ⅶ 家具調度
Ⅷ 生産活動
Ⅸ 饗宴の場
Ⅹ 憩いの庭園に分けて展示されています。
紀元前89年、ルキウス・コルネリウス・スッラによって町は征服され、ポンペイは周辺のカンパニア諸都市とともにローマの植民都市となり、港に届いたローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点となり、以後、商業都市として栄えました。
フレスコ 17.0×39.5cm ナポリ国立考古学博物館蔵
町の守護神は美と恋愛の女神ウェヌスで、娼婦の館などが発掘され、ここで男女の交わりを描いた壁画が多く出土したことから、ポンペイは快楽の都市とも呼ばれる(主な産業はワイン醸造だったとも)。
高さ207.0cm、幅80.0cm ナポリ国立考古学博物館蔵
最盛期のポンペイには1万人弱もの人々が暮らしていたといわれ、行政官などの公的、政治的な職業につき、街の経営に携わっていたローマの市民権をもつ土着の支配者層、一般市民をはじめ、さまざまな職人や富裕な商人たち、奴隷階級の人々もいました。
高さ90.4cm(台座を含まない)、最大幅43.5cm、奥行27.0cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
ナポリ国立考古学博物館蔵
ローマ人にとって、ギリシア文化こそが精神的なよりどころであり、ローマ固有の土着の神は、ギリシアの神々と完全に同一視されていました。
高さ53.0cm、幅19.5cm(各)
ナポリ国立考古学博物館蔵
高さ19.0cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
古代ローマの娯楽としては、戦車競走のように祭日に行われた大規模なものから、競走や球技、円盤投げ、レスリングといった個人で楽しむ各種スポーツ、詩の朗読や演劇(仮面劇)をはじめ、日常的に行われた遊技(数字や言葉が刻まれた様々なチップを使うゲーム)などがあげられ。設備の整った公共浴場も社交と娯楽の場でした。
中でも老若男女が等しく熱狂した最高の娯楽は、円形闘技場で行われた剣闘士の試合でした。
長さ252.0cm、重さ369.30g
ナポリ国立考古学博物館蔵
長さ8.2cm、幅7.2cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
当時の女性たちを飾った装身具
88.5×80.0cm
(木枠を含まない)
エルコラーノ遺跡考古遺物収蔵庫蔵
160.0×155.0cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
火山灰によって埋没されたため、長く伝えていくことが困難な壁画がひとつの都市にまるごと保存されていました。
青銅
高さ14.0cm、台座:径5.9cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
高さ14.0cm、台座:径5.9cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
ポンペイの家には、ララリウムと呼ばれる祠、あるいは祭壇が設けられ、そこには、ラル(家の守り神)や、ゲニウス(家族の守り神)と呼ばれる小型の神像が祀られていました。
158.0×232.0cm
ポスコレアーレ考古陳列館蔵
富裕層の住居には、中庭や庭園があり、その周囲には食堂や応接空間、寝室などが配置され、一部の富裕層の住宅には水道が引かれ、個人用の給湯付浴槽も備えられていました。
フレスコ
26.0×161cm
30.0×160cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
47.0×49.0cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
ナポリ国立考古学博物館蔵
富裕層の住宅から出土した、銀で作られた華やかな食器、表面にはバラやツタなどの草花、鳥や 動物を華麗に表現しています。
径24.0cm、把手を含む長さ37.0cm
ナポリ国立考古学博物館蔵
パテラ(Patera)は浅い皿で、主に献酒杯として使用されたようです
高さ65.0cm、幅70.0cm、厚さ7.0cm
エルコラーノ遺跡考古遺物収蔵庫蔵
住宅には中庭を囲む列柱付周廊(ペリステュリウム)が造られ、家族の憩いの場、あるいは来客の歓待の場となりました。
それぞれの部屋には庭園を描いたフレスコ画があり、あたかも部屋にいながらにして庭園の真ん中にいるような錯覚を与える。
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以上でポンペイ展 のレポートは終わりです。
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