奈良へ行きました 7 平城宮跡の見学 4 [歩く]
平城宮跡の見学をする上で資料調べもも欠かせません
このは近鉄奈良駅の近くの啓林堂書店で買いました(ここは奈良に関連する本が充実していて、最近利用しています)
ここは平城宮跡資料館です。長岡京、平安京への遷都に際して桓武天皇が寺院の移転を認めなかったことで、奈良は都から離れて地味ながらも都市として生き延びられ、掛け替えのない文化遺産をほぼそのままの状態にして私たちに見せてくれることになりました
さらに奈良の地面の下には1300年前の人々が営んでいた生活の跡が良好な状態で遺されており、現在、地道な発掘調査により少しずつ明らかになってきました
木簡です。
内膳司(ないぜんし:和名では「うちのかしわでのつかさ」)が行幸における荷持ち役を申請しています。
隼人の盾、矢
矢じり
平城宮の門や建物の警備は、地方の役人の子弟や、地方の軍隊に徴兵された人々が都に来て任務にあたりました。
御床(ごしょう) :ヒノキ材製の長方形四脚付の寝床です(↑の白黒の写真は正倉院北倉に保存されているもの)。
畳を敷き、さらに褥(じょく:敷き布団)と覆(ふく:掛け布団) が付属している。
様々な木簡
研究員の机
ここでは研究員の机のようすを再現しています
出土した遺物の図面を作るための道具、報告書に載せる図面、資料など色々なものが置かれています。
出土した柱
檜皮(ひわだ)
釘
様々な工具
厄除けのまじない、のろいの人形
当時の人々は災いや病気から逃れるために人形(ひとがた)や顔を描いた土器などを水に流して穢れを祓いました。その他に地鎮めのために埋めた品や呪いの道具も見付かっており、まじないが盛んであったことが解ります。
まだ続きます
あれれ、研究員の机も遺物かな? (笑)
机の上の道具、殆ど未だに持ってます。
もう使い道が無いけど、高かったから捨てられない。 正に遺物になってます。 (苦笑)
但し、私は臨時雇いだったので、平城京跡から出土する木簡に泣き言書いてた下級官吏以下の、地方から召し上げられた労働者並みでしたけどね。
いわばゴミが、文書には残らない当時の生活を見せてくれるんですよね。
by REI (2010-06-10 10:27)
> REIさん
この平城宮跡資料館は子供にも興味が持てるよう、工夫が凝らされています(*^^)v
REIさんも、そのような勉強をされていらしたのですか!!
益々尊敬しちゃいます(^O^)/
by nmzk (2010-06-10 23:16)